2008年01月24日
2008年01月19日
スティーブ・ジョブズの教えとは
Macworld Conference & Expo 2008 が There's something in the air. というキャッチコピーのもとサンフランシスコで開催されました。
▼ぜひ続きをお読みください▼2005年12月28日
スティーブ・ジョブズのプレゼンとは
という内容が気になるタイトルのGQ JAPAN(2005年12月号)が年末の整理で雑誌の山から出てきました!
私が凄いなと感じる経営者の代表格はスティーブ・ジョブスなんですが、iPODなどアップル人気復活の背景に間違いなく彼の存在があります。
前に書いた記事「スティーブ・ジョブズの感動スピーチ」の閲覧数がとても多く、トラックバックやコメントもたくさんいただいたりして、こうしたジョブスの人気ですが、その根幹は「スティーブ・ジョブズのプレゼン能力」の高さへの注目でしょう。
▼ぜひ続きをお読みください▼2005年11月01日
スティーブ・ジョブズの感動スピーチ
■関連カテゴリ: スティーブジョブズ
少し前のことになりますが、2005年6月12日に行われた米国スタンフォード大学(Leland Stanford Junior University)卒業式でアップルコンピュータ社の創立者のスティーブ・ジョブス(Steven Paul Jobs)氏が祝賀スピーチを行った時の翻訳を改めて読む機会に恵まれました。
正直言って、日本語に訳されている文章にもかかわらず、まるでその場で英語のスピーチを聞いているような、ジョブス氏のカリスマに引き込まれる自分に「ふっ」と気がついたほどに素晴らしいものです。
まずスティーブ・ジョブス氏の経歴についてはフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』の説明をまず読んでおくことをお勧めします。
▼ぜひ続きをお読みください▼2005年10月29日
スティーブ・ジョブズの感動スピーチ(翻訳)
スティーブ・ジョブスのスタンフォード大学卒業祝賀スピーチ(日本語訳)
PART 1. BIRTH
ありがとう。世界有数の最高学府を卒業される皆さんと、本日こうして晴れの門出に同席でき大変光栄です。実を言うと私は大学を出たことがないので、これが今までで最も大学卒業に近い経験ということになります。
本日は皆さんに私自身の人生から得たストーリーを3つ紹介します。それだけです。どうってことないですよね、たった3つです。最初の話は、点と点を繋ぐというお話です。
私はリード大学を半年で退学しました。が、本当にやめてしまうまで18ヶ月かそこらはまだ大学に居残って授業を聴講していました。じゃあ、なぜ辞めたんだ?ということになるんですけども、それは私が生まれる前の話に遡ります。
▼ぜひ続きをお読みください▼2005年10月28日
スティーブ・ジョブズの感動スピーチ(原文)
スティーブ・ジョブスのスタンフォード大学卒業祝賀スピーチ(原文)
Stanford Report, June 14, 2005
'You've got to find what you love,' Jobs says
I am honored to be with you today at your commencement from one of the finest universities in the world. I never graduated from college. Truth be told, this is the closest I've ever gotten to a college graduation. Today I want to tell you three stories from my life. That's it. No big deal. Just three stories.
The first story is about connecting the dots.
▼ぜひ続きをお読みください▼2005年10月27日
アップル社スティーブ・ジョブズCEOの偉大さ
アップル社CEOスティーブ・ジョブズ氏は2005年6月12日、スタンフォード大学の卒業式で祝賀スピーチを行った。自らの人生を率直に振り返りつつ、実業界に飛び出そうとする後輩達へ贈った励ましにあふれたメッセージは、大学のホームページに掲載され、多くの人々に感動を与えた。この文章では、単なるビジネス上の成功・失敗を超えたジョブズ氏の死生観までがうかがえる。じっくりと味わっていただきたい。
■スティーブ・ジョブズ氏
スティーブ・ジョブズ(Steven Paul Jobs, 1955年2月24日 - ) はアメリカの企業家。スティーブ・ウォズニアック等とともに、Apple Computer社を創立する。また、Xerox、PARCの試験的なハードウェア「Alto」のグラフィカルユーザインターフェース(GUI)やマウスのアイデアの可能性に目をつけたジェフ・ラスキン、ビル・アトキンソンのアイデア「Macintosh」に反対し対立するも、自らPARCを見学した後、正反対の見解を示し、後のMacintoshを販売した。近年では業績不振に陥っていたApple社に暫定CEOとしてM&A、iMac・iPodの発売、Microsoftとの資本連携などによりApple社の業績を回復させた。また奇抜な商品発表をすることでも知られている。
暫定CEOに就任して以来、CEOそれ自体への給与は毎年1ドルしか受け取っていないことで有名である。このため「世界で最も給与の安いCEO」とも呼ばれている。
●略歴(『ウィキペディア(Wikipedia)』より)
1972年 カリフォルニア州クパチーノで高校を卒業後、リード大学(オレゴン州ポートランド)に入学。1学期で中退。 1974年 スティーブ・ウォズニアックと出会い、ゲームデザイナーとしてアタリ社に入社。(ウォズニアックとともにBreakoutの開発に携わる)
1976年 ウォズニアックと共にApple Computerを設立。Apple Iを製造・販売。(21歳)
1983年 ジョン・スカリーをペプシ・コーラ社より引き抜く。
1985年 意見の相違からスカリーにApple社を追われ、NeXTコンピュータ社を設立。
1986年 ルーカスフィルムCG部門を買収。アニメーションスタジオピクサー設立。
1996年 Apple社がNeXT社を買収。
1997年 Apple社の暫定CEOに就任。 ギル・アメリオの解雇、CEO就任。
2005年 現職。
http://nikkeibp.jp/sj2005/contribute/c/01/index.html
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