おのこうじ

浜松商工会議所が発刊している機関誌【 NEWing ニューイング 】の企画で開催された、浜松市の鈴木康友市長を囲んだ新春座談会の内容を、ブログにて紹介します(記事および写真の掲載許可は得ています)。


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◆座談会テーマ 『スポーツ産業の振興を通じて都市間競争に勝ち抜くには』

新年を迎え、いよいよ2年後に迫った東京五輪。来年には大河ドラマ「いだてん」で浜松出身の田畑政治が主役に取り上げられるとあって、浜松でもスポーツによる経済効果への期待が高まっている。そこで、浜松のスポーツ産業振興とその方策をテーマに、鈴木康友市長を囲んで新春座談会を実施。率直な意見が飛び交い、白熱した議論が交わされた。


●座談会メンバー
  • 鈴木康友(浜松市長)
  • 石黒衆(浜松商工会議所副会頭 観光サービス部会担当 株式会社イシグロ代表取締役社長)
  • 小野晃司(浜松商工会議所スポーツ産業特別委員会委員長 サゴーエンタプライズ株式会社代表取締役社長)
  • 野口優史(浜松商工会議所観光サービス部会副部会長 株式会社JTB中部浜松支店長)


浜松をマリンスポーツの聖地に



------ 東京都では、東京オリンピック・パラリンピックによって2013〜2030年までの18年間で、全国に約32兆円の経済波及効果と約194万人の雇用を誘発すると試算しています(2017年3月公表)。まず、鈴木市長は東京オリパラによる浜松への影響をどう見込まれていますか?


鈴木 僕はね、実のところ東京オリパラの浜松における経済波及効果をそんなには期待していないんです。1964年の東京オリンピックでは、それまで発展途上国だった日本が東京五輪をきっかけに一気にインフラの整備を進め、高度経済成長へと発展していきました。しかし、現在の日本社会は既に成熟化していますから、今回の東京オリパラが時代の大きな契機となるほどのイベントにはなり得ないと思うんですね。そこで、浜松市に何ができるかと考えたとき、各都市の視線がオリンピックに集中する中で、僕はむしろパラリンピックを上手に利用した方がいいんじゃないかと考えたんです。国ではホストタウン構想を掲げており、浜松市においても東京オリパラに向けて、ブラジルを対象国として事前キャンプ誘致に取り組んでいます。誘致にあたっては、競技種目を絞り込むのが一般的ですが、本市では、全競技のブラジルパラリンピック選手団を受け入れる予定です。こんなことをする都市は他にはないんですよ。だから政府は浜松市の取り組みにものすごく注目しているんです。パラリンピック選手団の誘致を実現するには、官民一体となってまちのユニバーサルデザイン化を進めなければなりませんよね。それが実現すれば、浜松の取り組みは東京オリパラのレガシーとなり、浜松は障害者にやさしいまちとして広く知れ渡ることになります。障害者のスポーツやレジャー、観光の市場規模は年々拡大傾向にあるので、開催後の産業振興にもつながるはずです。


野口 スポーツ庁では、「するスポーツ・観るスポーツ・支えるスポーツ」といった多様な形でのスポーツ参画人口の拡大を目指していますが、特に「支えるスポーツ」として障害者のスポーツをどう支援できるかという点が非常に注目されています。ですから、浜松がそういう面で一歩抜きん出ることができれば、大きなアドバンテージになるでしょうね。


小野 以前、当社でもFIFAワールドカップ2002や静岡国体2003の開催にあわせてホテルのユニバーサルデザイン化のためトイレや段差を補修したことがあったんですが、ユニバーサルデザイン化は「その時も使えて、その後も使える」ものであり、しかも「あらゆる人にやさしい」というイメージづけができるので大きなメリットがあると思いますね。


鈴木 そうなんですよ。オリンピック選手団を誘致したとしても、たった1週間で終わってしまう話でしょ。それよりもパラリンピックの選手団を誘致した方が、後々まで浜松の存在感を誇示できると思うんです。


小野 結局、オリンピックなどの大きなイベントはいわゆる「きっかけ」にしかなり得ないですよね。しかも、「きっかけ」は「仕掛け」の一部分でしかないので、それを地域の人たちがどういう気持ちで「仕組み」に変えていけるかが一番重要だと思います。


石黒 そう、大事なのは「仕組み」だよね。私も東京オリパラは単なるイベントに過ぎないと思っています。それよりも浜松がこれからなすべきことは、ゆたかな自然を利用してスポーツ産業を活性化し、交流人口を増やしながら産業振興に結びつけ、都市間競争に生き残っていく「仕組み」を作ることが重要だと思いますね。


浜松をマリンスポーツの聖地に


◆スポーツ産業特別委員会の発足の意義と目標


------ まさに今、石黒さんが言われたことを目的に、当所では今年度「スポーツ産業特別委員」を発足したわけですが、この会の意義と目標について、委員長の小野さんからお話しいただけますか。


小野 スポーツ産業は平和産業で、老若男女あるいは国籍を問わず同じ趣向の下に交流できる地域資源です。当委員会ではそれを視座として、地域の経済活性化や地域振興につながる素材を集め、産業としてのスポーツを浜松・浜名湖地域で形成できるか検討していきます。現在はメッカとなり得る種目を選定し、目的地となり得る素材を集めている段階です。具体的な活動としては、近年、学生や愛好家のスポーツ合宿が増加していることから、その増加原因の分析(データベース作成、開催コンペ参入)などを行っています。その上で、新規事業を起業する意欲を啓発するような方向性で、スポーツ産業が形成できるロードマップを策定したいと考えています。また、スポーツ産業を異分野・異業種にまでどう波及させるかも当委員会の重要な課題なので、あえて部会の形をとらず、各部会から集まった多様な業界の方々が意見を交わす中で方向性を導き出していきたいと思っています。


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◆ビーチ・マリンスポーツで起業家を誘致


------ 浜松では、現在多種多様なスポーツ大会が開催されていますが、野口さんは仕事柄、全国各地の自治体や企業でスポーツ産業の振興に取り組んでいる事例を数多くご存知かと思います。各地と比較して浜松の状況をどのように思われますか?


野口 まずお伝えしておきたいのは、浜松市は既にそれ相応数のイベントや大会が一定のレベルで開催されていて、「するスポーツ・観るスポーツ」で決して後れをとっているわけではないんです。マラソン、トライアスロン、ボート、ビーチラグビーなど、さまざまなスポーツ大会が定着しているし、そういう意味では逆に「開かれたまち」といってもいいでしょうね。気候的にも温暖で、立派な施設もあるし、海・山・湖・川がすべてあり、立地的には全国的にみても非常に恵まれていると思います。ただし残念ながら、「浜松ならでは」というものが無い。浜松だからこの競技ができる、浜松だからこの施設を体験できるといったスペシャリティが弱いと思います。たとえば、浜松にはサーフィンをやる人が多いですが、非常に多くのプロサーファーは千葉に移住していると聞いたことがあります。「サーフィン」といったら「千葉県」とか、「これ」といったら「ここ」と結びつけられるものがある地域は強いですよね。今後は浜松でそれをどう構築していくかが課題だと思います。


鈴木 地域の特異性って、意外と住んでいる人にはわからないですよね。だから、外から来た人たちの意見ってすごく参考になるんですよ。当市では一昨年に「浜松ベンチャー連合」という起業家の方々のコミュニティを発足したんですが、起業家の中には浜松市以外の出身者も意外といて、彼らに浜松で起業した理由を聞くと、「サーフィンやウィンドサーフィンがしたいから浜松で起業した」と答える人が複数いるわけです。浜松の海は千葉に比べて水温が高く、今でもサーフィンができる。だから、サーファーにとって浜松は「本州最後の楽園」だって言うんです。それを聞いて私は「これだ!」とひらめきました。浜松は年間を通じて浜名湖や遠州灘を舞台にあらゆるビーチ・マリンスポーツができるので、それでまちを盛り上げていこうと。一時的なスポーツ大会やイベントで交流人口を集めるだけでなく、そういう起業家たちを集めようと。そのためにも、「浜松をビーチ・マリンスポーツの聖地にしよう!」と思い立ったわけです。浜松アリーナがどう逆立ちしたって、味の素スタジアムや埼玉アリーナには勝てないですよ。でも逆に、埼玉でサーフィンができるか、巨大なカジキマグロが釣れるかっていうと絶対無理ですよね。人口80万人の都市機能を持ちながら、都心から40分圏内であらゆる自然にアクセスできる。そして、ビーチ・マリンスポーツを集積できるエリアというのは、日本広しといえども他のどこにもない。これなら横浜にも、埼玉にも、そして東京にも勝てると思ったわけです。


小野 マリンスポーツが好きな人は概して向上心が強いので、起業家が趣味にしているという話も確かによく耳にします。いまや、海を眺めながら世界中を相手にビジネスをすることも可能な時代。浜松は仕事をするにも便がいいし、自分時間を楽しむ環境にも恵まれているので、起業家にとって最適なライフワークバランスを実現できる場所でもありますよね。観光業界では「暮らしてよし・訪れてよし」という言葉をよく使いますが、その両輪をうまく組み合わせていく必要がありますね。


浜松をマリンスポーツの聖地に


◆訪れる人・住まう人を増やす仕組みづくり


石黒 転勤族の方と話をすると、「浜松はゴルフができるし、アウトドアスポーツも楽しめるし、釣り場もいっぱいある。食べ物もおいしいからずっと浜松にいたい」という声をよく聞きます。まずは人々の心の中に浜松に住んでみたいと思わせること。それが大事だと思うな。そのためにも、大会やイベントを開催して単に交流人口を増やすだけでなく、「訪れる人・住まう人」を増やすための仕組みづくりが必要ですよね。ビーチ・マリンスポーツでいえば、長野県や岐阜県、山梨県といった海に面していない周辺県から人を誘致する施策を考えればいいんじゃないかな。ただし、現代人は自然との付き合い方を知らないし、自然の中での遊びを自ら見つけることが不得意です。たとえばキャンプ場でも水洗トイレ・薪・バーベキューセットまでそろえてあげなければならないんです。そんな現実も踏まえて、ファミリーやカップルが笑顔で遊べる仕組みづくりをしていかないと続きませんよね。では、その仕組みをどうつくればいいかというと、僕はビーチ・マリンスポーツをアウトドアやレジャーと融合すれば、そんなにお金をかけずにできるんじゃないかと思うんです。たとえば、浜名湖は汽水湖で周囲の長さ日本一を誇り、魚も340種類いるんですよ。湖西市の海釣り公園には年間で150万人くらい来園者があるんです。その人たちがただ釣りだけやって帰っていくというのはもったいないですよね。三重県では今、海上釣り堀が大盛況なんですが、舘山寺の近くに海上釣り堀があれば、すごく繁盛すると思うんです。それで、海上釣り堀で釣った魚を宿泊先で料理してあげれば、お客さまにもっと喜んでいただけるでしょう。そんな感じの仕組みづくりができないかな。


野口 それは名案ですね。逆に、釣り目的ではない人が舘山寺に来て、釣りもできると知ったら喜びますよね。観光目的から釣り体験へ至るという「別の入口」があるのは理想的ですね。


石黒 それに、釣り場を作るっていってもトイレを整備して料金所を造る程度で済むから、そんなにお金もかからないですしね。


鈴木 そう、僕が注目しているのはそこなんですよ。大きな施設を建てるとなったら500億円はざらにかかりますよね。でも、釣りもそうだけど、ビーチ・マリンスポーツをやっている皆さんから要望を伺うと、駐車場を整備してくれとか、ロッカーやシャワーを設けてくれというような内容が多くて、スタジアムを建てることを思えば50分の1の費用で済むんです。非常に投資対効果が高いですよね。


小野 そもそも自然環境そのものがフィールドですからね。お金をかけずに手をかけられるのは大きなメリットですよね。


浜松をマリンスポーツの聖地に


◆スポーツツーリズムの実現に向けて


------ 今年の4月からは浜松観光コンベンションビューローが改組され、浜名湖を中心とした観光資源を世界級に磨き上げるブランド確立を目指して「浜松・浜名湖DMO(観光地経営組織)」が設立されますが、ビーチ・マリンスポーツを中心とした「スポーツツーリズム」については皆さんどのようなお考えをお持ちですか?


野口 市長がこれほど力強く「浜松をビーチ・マリンスポーツの聖地にする」とおっしゃっているので、新年から一気に推進事業が勢いづいていくと思われますが、そんな時流の中で「浜松・浜名湖DMO」が非常にいいタイミングで立ち上がってくるなという印象です。「スポーツツーリズム」を実現するには、行政と民間が互いに補い合い、共に進めていくことが非常に重要です。正直なところ、「○○ツーリズム」という言葉は、これまでにもグリーンとかエコとかヘルスといったさまざまな言葉が浮かんでは消えていったという経緯がありますが、今回の「スポーツツーリズム」はタイミング的に潮目に乗っているので、先程、市長が言われたように「ワルのり」すれば、それ相応に結果が期待できると思います。あとは大勢の方に来ていただいて、「見る・食べる・泊まる・遊ぶ・買う」までちゃんと楽しんでもらえれば、地域経済の活性化に結びつくと思いますね。


小野 実は今、観光の側面では「サイクルツーリズム」が成果を出しつつあるんです。「スポーツ産業特別委員会」の第一回委員会でもサイクルツーリズムを議題に取り上げたんですが、そこで私が伝えたかったのは、自転車が好きな人や自転車業界だけがスクラムを組んでやっているうちは全く成果が生まれないということなんですね。行政に頼めばサイクルロードの舗装はしてもらえるけれども、道路がきれいになったからといって人が来るわけではないんです。ですから、サイクルツーリズムでは、「いかにサイクリストにやさしいサイクリング環境を整えるか」ということを目標に掲げています。それには観光サービス的な「おもてなし」の要素が含まれます。たとえば、今の自転車には高価な機種が多いですから、途中で休憩する際に大切な自転車を安全に保管できる設備やスペースが必要になるんですが、そういう機能を備えた施設には「バイシクルピット認定」のステッカーを発行しています。バイシクルピットにはタイヤがパンクしたときのための修理工具がそろえられ、それをマップや看板に落とし込むことが安全・快適な走行や安心感にもつながります。また、休憩時には地域グルメを食べたいというサイクリストも多いですから、そうしたユーザー目線でのおもてなしを強化すれば、長期滞在や宿泊需要につながるでしょう。つまり、地域が一丸となってサイクリストを迎え入れる気持ちが不可欠なんです。さらに、天竜浜名湖鉄道における輪行バッグ無料貸し出しサービスの導入や、骨伝導ヘッドホンを使った音声ナビによる走行実験の実施など、異分野・異業種との連携も盛んになってきています。こうした環境面の整備は、ハードとソフトが両輪のごとく継続的に回り続けることが大切だと思います。そういう面においてもサークルツーリズムは非常にうまくいっているので、このノウハウをスポーツツーリズムにも応用できるといいですよね。


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石黒 僕は、ビーチ・マリンスポーツに限らず、サイクリングや渓流釣り、トレッキングなど、浜松でできるスポーツやレジャーは何もかもトータルで結びつけてしまえばいいと思いますね。軽トラックに自転車を積んで渓流釣りとサイクリングを両方やる人もいるわけだし。市内中心部から40分車を走らせるだけで、いろいろなスポーツやレジャーがリンクした多様な楽しみ方ができるというメリットを、これからもっとPRしていくべきだと思います。


鈴木 実はね、僕はビーチ・マリンスポーツに目をつける以前から、天竜川水系にも着目していたんです。天竜川水系はカヌーやボート、渓流釣り、キャンプ、トレッキングといったアウトドアスポーツのメッカなんですよ。それらを単体でとらえるのではなく、「アウトドアスポーツの聖地」というくくりでトータルにとらえて整備をしていくと、浜松はビーチ・マリンスポーツのみならず、アウトドアスポーツ全般を楽しめるマルチフィールドとして、他にはない価値を確立できると思いますね。


◆野球場の新設計画も新年に一歩前進!


石黒 これまでの市長のお話を伺っていると、議論の段階は既に終わり、新年からはスポーツ産業の振興に向けて具体的な実務段階に入るわけですね? 野球場ができる場合には、駐車場をマリンレジャー利用者も含めた多くの市民に開放したいと思っています。


鈴木 そうですね。東京オリパラについては、今年は本格的な準備をスタートする年にあたりますし、「ビーチ・マリンスポーツの聖地」の実現についても推進協議会を組織して、取り組みを本格化していきます。それと、この場で大事なことをお伝えするのが遅くなってしまいましたが、野球場も調査結果が出たので、今後、県との調整を進めていくことになると思います。こうした環境整備は行政の仕事ですが、商売についてはやはり民間の皆さまの力で整備していただかなければなりません。今後は官民協働で浜松をスポーツ産業のメッカにすべく、全市を挙げて取り組んでいきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします。


◆まとめ 

浜松市は、スポーツを幅広く楽しめるマルチフィールドとして、他の地域にはない価値の確立を目指します。
  • あらゆる自然に短時間でアクセスできるメリットをスポーツ産業の振興に生かす
  • 浜松でやれるスポーツやレジャーをまるごと融合し、人が集まる仕組みをつくる
  • スポーツ産業の振興を通じて「暮らしてよし、訪れてよし」のまちを実現する
  • スポーツツーリズムの実現に向けて浜松ならではのモノやコトを発掘しよう

以上です。今後とも、よろしくお願いします!