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川勝平太県知事の考えがよく理解できるのでメモとして記載します。

1月4日の静岡県庁「平成23年仕事始めの式」での川勝平太静岡県知事の挨拶文をいただきましたが、原稿なしでこれ程のスピーチができる方が我が県知事であることを素直に誇りに感じます。

  • 皆様、明けましておめでとうございます。2011年、平成23年が明けました。本日は仕事始めでございます。
  • 私は、この1月1日に、県民377万余の代表として、宮中に参内いたしまして、天皇陛下、皇后陛下はじめ、皇室の方々に新年の御挨拶に行って参りました。皆様方、お元気そうで、お健やかに新年を迎えられておられて、何よりのことでございました。
  • その日はきれいに空が晴れわたりまして、富士山を仰ぐことができたのも、大変印象深い正月であったと存じます。その後、宮中で、東宮、秋篠宮様等、御挨拶に参りまして、それぞれのところで歓談をさせていただき、大変いい気持ちになったわけでございますが、帰りまして、テレビなどを見ますと、最初に映りますのが富士山の姿。お気付きになったでしょうか。まず、日本は、何を始めるにも富士山の姿を映して、今年度のいろいろなプロジェクトや抱負について、いろいろな識者の方々が語られたり、番組が編成されているということに気付いたわけでございます。
  • 新年にあたって、人々はそれぞれの富士山を思いながら、富士を仰ぐかというふうに思ったしだいでございます。昨年の12月23日の天皇陛下のお誕生日以来、晴れる日が多く、富士山を仰ぐことができます。この正月三が日も、今日も含めて、青空の下に白雪を被った富士山を仰ぐことができたのは、誠に幸運という以外ございません。
  • 私は、今年度、富士山というものをベースにした地域名でございます「ふじのくに」という新しい地域を作る、その元年にするという夢を、目標を、理想を抱いております。チーム川勝の諸兄におかれましても、この思いを共有していただきたく存ずるしだいでございます。
  • それぞれに富士山というものがございますでしょう。ある人は御来光を仰ぎ、そして富士の姿を見て、今年こそは、お父さん、お母さんに一つぐらいほめられるようなことをしようとか、あるいは、今年こそは、いままでどうしてもできなかった懸垂を10回やってみようとか、それぞれの大きな、あるいは小さな夢を抱くと思います。それが、私は、それぞれの富士山であると思います。それぞれの富士山を、すなわちそれぞれ目標、理想、理念、夢、これを大事にしていかねばなりません。しかし、それぞれの富士山を持つということが、何よりも重要でございます。
  • 私は、県といたしまして、われわれの富士山を持ちたいというふうに思っております。それはどこに記述されているかといいますと、新総合計画でございます。ふじのくには、住んでよし、訪れてよし、産んでよし、育ててよし、学んでよし、働いてよしの理想郷でございます。このような理想郷をつくることを託されているのが、われわれパブリックサーバントとしての指命であるというふうに思っております。
  • このような理想を実現するために、われわれは、昨年来、多くの方々の英知を傾けて、そして総合計画を練りました。そして、12月議会におきましては、議員の先生方からも素晴らしい建設的な意見をちょうだいし、また、要望もいただきました。パブリックコメントもいたし、いま最後の、いわば9合目のところにおります。この新総合計画こそ、われわれの富士山を実現するための一番重要な柱となるものでございます。
  • その中には、文化・観光部であれば、観光人口を2倍にしようというものもございましょう。健康福祉部におきましては、医療をしっかり充実していこうというものもございましょう。教育におきましては、しっかりとした危機管理の下に、国際性を持った豊かな有徳の人をつくり上げていこうという目標もございましょう。
  • そして、くらし・環境部におきましては、いわゆる生活の55年体制を打破するには、一体の新しいライフスタイルを確立していこうという計画が盛り込まれています。
  • あるいは、交通基盤部におきましては、新幹線の新しい駅が、富士山空港の下にできるという目標が立ったということで、陸海空一体の最高のネットワークをここで実現して、他の地域に範を垂れようという、そういう目標を抱くことができるでしょう。
  • 危機管理におきましては、昨年の台風、一昨年の8・11の地震等に照らし、そしてまた、静岡と交流関係にございます浙江省との防災会議において、本県が防災先進県としての、防災先進地域としての内外の高い評価を得たことを受けて、さらにそれを充実させていこうという動きがございましょう。
  • さらに、警察におかれましては、最近は高齢者の方々が被害に遇うことが多い交通事故においても、振り込め詐欺においても同様でございます。そこに力点を置いて、犯罪を防止していこうというようなことがございましょう。
  • こうしたことが、われわれそれぞれの部局に託された富士山でございます。これは、われわれにとって重要な富士山ではございますけれども、しかし、必ずしもすべての人にとってそうだとは限りません。例えば、医療におきましては、お医者様の不足であるというわれわれの認識とはまた別に、むしろ医者の地域の偏在こそが問題であると。したがって、その偏在をなくしたほうがいいという意見もございましょう。あるいは、ライフスタイルにおきましては、鍵一つのマンションの住まい方こそが、自分にとって幸せだと思う人もいるでしょう。
  • そのように、それぞれの思っている富士山は違う。それを十分に勘案しながら、われわれは一致して、これまでの在り方に対して新しい風を起こしてきましたので、これをしっかりとさらに高みに上げる義務がございます。
  • 中央政府は、いわば迷走をしているというか、漂流をしているというふうに存じます。しかし、本県は一度として漂流したり、迷走したりしたというような記憶が、私にはありません。唯一、もし反省する点があるとするならば、会計処理における不適正な処理があったということでございます。これはすべての部局にかかわることであり、公金を預かるわれわれといたしましては、これからは一切、不適正な処理というものがないようにしなければならないということで、足元を見直すということがございましたが、それ以外のことにつきましては、むしろ常に前向きに向かい合うということができているかと存じます。
  • 私は、いまわれわれに求められているのはイノベーションである、新機軸である、革新である、ガラガラポンをして、新しい構想を立て、その構想の下にしっかりとした計画を立て、それに対して戦略を作って実践をしていくということだと思っております。
  • ふじのくにというのは、静岡県という、これまでの百数十年間に及ぶ県政の蓄積を踏まえ、さらにそこに新しいものを付け加えて、すなわち新結合をする。さらに、別の言葉で言うならば、昨年はやりましたクロスカップリング。すなわち、異なるもの同士を結び付ける。正確には、異なる有機物を、ある媒体を通して結び付けることができると。それが日本の御家芸であるということが、世界の知識人、あるいは世界の人々全体に知れ渡りました。
  • われわれは、そのようなクロスカップリング、イノベーションというものがいま必要とされていると思います。その一つが、明治4年以来、国の出先機関、あるいは国の下請け機関として、明確に政令これを一つに帰すという、明治4年7月14日における太政官の政令にございますように、その姿をずっと実践してきたのが静岡県でございます。また、その模範であったのが静岡県でございますけれども、そのような中央集権的な国づくりは、それなりの素晴らしい成果を上げましたと同時に、また一方で、地域分権の必要性が感じられるほど、その弊害もまた明らかになっているということでございます。
  • そうした中で、地域主権をどうするかという方式の一つとして、例えば大阪を中心にしてなされているような、広域連合というやり方もございましょう。しかし、それが私たちにとってすぐに適用できるものかといえば、愛知県の知事が代わる、あるいは長野県の知事もお代わりになった。そして、それぞれ東西、また北、南には、美しい自然に囲まれていることが一つの要因かと存じますけれども、必ずしもこれまでの広域連携への準備が十分でなかった。いやむしろ、域内における自治意識を高めることに、わが静岡県は意をそそいできたという、ある意味で、そのような素晴らしい伝統がございます。これに、さらに加速をさせるということが、私は、地域自立のわが県における方向性になると思っております。この静岡県という都道府県制度、明治4年以来できてきましたこの中央集権的なシステムに対して、われわれは、いい面を継承しながらも、新しい地平に立つと。その地平に立つときの目標が富士山でございます。
  • その富士山につきましては、先ほど申しましたごとく、新総合計画において、われわれが打ち出すもの、これがわれわれにとっての夢であり、目標であります。そしてまた、引いて言えば、これは理想でございます。その目標に向かって、ふじのくにというものをつくり上げていくのであるということでございます。これは、いわば正反合とでも言いますか、弁証法で言いますと、否定をしながら、それを継承して、新しい次元に上げていく。弁証法的に使用していくというものでございまして、従来のものをしっかりと踏まえたうえで、新しい地平に立つということでございます。われわれは、こういうイノベーションを全体としてやってまいりたいというふうに思っております。
  • この2月には、当初予算におきまして、これからしっかりとその計画を実現するための具体的な予算的裏付けというものをしてまいります。予算は限られております。公金は大事に使わねばなりません。効率的に使わなければなりません。そして、それを実現するために、各部局一体になりまして、自分たちの掲げた目標とその工程にのっとって、しっかりと仕事をしていただきたいというふうに強く望むものでございます。
  • 昨年はとら年。とらは1日千里を走ると言われて、その前年、すなわち私が知事になりましたときに、日本中に新しい風が吹きました。それが、昨年度には、いわばどこに吹いているか分からないような風になったのが、日本全体の景観ではなかったと存じますけれども、本県は明確に富士山というものを目標に置いておりましたがために、その千里をかけて、政府を起こすというふうにいたしました。これが、決して言葉だけでなかったということは、外に向かっては、例えば3776訪中団が成功をしたということがございます。さらに、そうしたことが一つのきっかけになって、地域外交にまで、われわれは視野を広げることができて、それの実をこれからつくり上げていこうというところまできたということがございます。
  • そのように、われわれはとらのごとく、千里を走り、政府を起こしてきた。しかし、風だけでは具合が悪いのでございます。今年は、それを受けてのうさぎ年ということでございます。うさぎですから、跳躍をする、ジャンプをする。しかしながら、うさぎというのは、ジャンプをして、必ずしも目標に達するというよりも、うさぎ年の人には申し訳ないのですが、目をキョロキョロさせるというところがあるのかもしれません。
  • ともかくそういうことが、おそらく反省されて、『うさぎとかめ』という物語もできたのではないかと思います。うさぎはピョンと跳ねますから、あるいは、あちらこちらに動くことができるので、全体を見ることができます。そのようなうさぎ的な耳を持つ、目を持つ、運動能力を持つということは、とても重要です。自らは、今年はうさぎ年であるので、うさぎの心を心としていただきたい。目標、すなわち先ほど申しました富士山に向かって、しっかりと跳躍をしていただきたい。しかしながら、うさぎは油断をすると、ほかの部局に比べて私のところのほうがいいというようなことで慢心になりかねない。居眠りをしてしまっているうちに、かめに追い越されるという教訓でございます。かめは目線が低い。飛ぶこともできません。よちよちしか歩けない。しかしながら、よちよち確実に、着実に歩くというような性質を持っております。しかも、鶴は千年、亀は万年というふうに言われて、古来大事にされてきました。あるいは、玄武・朱雀・青龍・白虎などと言いますが、その玄武に明示されているのは、亀でもございます。
  • そのように、われわれは一方で、しっかりと亀の心とやり方を合わせて持たなければならないというふうに思っております。うさぎとかめ、うさぎのバナーを、うさぎの旗をしっかりと掲げて、富士山に登る。ふじのくにを建国して見せる。しかし、それは理念、あるいは言葉で終わるのではなくて、これを地に付かせたものにするためには、かめの歩みをしなければならない。しかし、かめは確実にゴールに到達することができた。しかし、これはうさぎがいたからこそでございます。ですから、うさぎだけでは駄目で、かめだけでは駄目で、両者が必要であるということを肝に銘じて、私自身、これを自らに言い聞かせています。
  • 時々、自分がうさぎになっているような気もすることがありまして、反省することがございます。地に付いていないなどと言われるものですから、現場主義をより一層強めまして、西は湖西から、東は小山町、御殿場、南は南伊豆まで、北におきましては、井川や水窪まで、常に目配りをしながら、この地域全体が日本の縮図であるということに思いをいたし、その縮図であることによって、モデルになりうるということでございますので、そのようなモデル性を発揮するためには、それぞれが皆、立派な人でなければならないというふうに思っているわけです。
  • そういう意味におきまして、自らが、いわば日本の最高の人徳者、学徳者であるということで、しっかりと勉強をなさいまして、そして勉学をしっかりする姿を地域の人々に見せる、家族の人に見せる。そして、部局の下の新しい、これから希望をもって県政に取り組もうとしている後輩諸子に見せる。後輩諸子はそのように一生懸命勉強して、現場主義に立っている先輩諸兄を見習って、立派な人間になるのだということで、日本のシンクタンクとしての最高の官僚組織が、脱官僚と言われるほどに一部腐敗したところがござましたが、しかし、官僚組織の中のミニチュアであるところのわが静岡県庁におきましては、そうしたことがなくて、お互いにお互いを励まし、切磋琢磨しながら有徳の人になるということでございます。
  • 私はあえてここで申し上げたい。それは、清貧では駄目だということです。もちろん清貧という言葉は美しい。しかしながら、貧しくなると、必ずしも清くいられなくなります。心がにごりがちになる。だから、私は、やはり富が大切であるというふうに思います。貧困を克服するということが大事であります。あるいは、自ら経済的に自立をするということが大事でありますから、改めて、私は富国ということの大切さを常に皆様方にも共有していただきたいと思います。
  • 富国の基礎になっているのが企業ですから、企業もまた富者、立派な富をつくるような会社でなければいけない。その富者も、自らの会社のためだけにやっていると、世間の指弾を受けます。あるいは、会社からの内部告発も受けるでしょう。したがって、会社もまた富者有徳でなければならないということでございます。
  • 個人におきましては、誰も彼もが貧困を克服し、経済的に自立をできるように、あるいは貧困に陥るような境遇に陥らないようにするために、立派な経済的自立ができるような人をつくらねばならない。その意味で、者と書いた富者有徳ということが大切なのであります。
  • 現下の経済状況は極めて厳しい。特に高校を卒業、大学を卒業して、職場がないというようなことがあってはなりませんので、それは富国有徳の基本的理念に戻るわけであります。それの基になっているのは会社の富者有徳であり、その基になっているのは一人一人の富者有徳でなければなりません。われわれは決して豊かではないかもしれませんけれども、下を見れば、またきりはありません。経済的に十分にやっていける、家族を養うことができるということであれば、十分に足るを知る、知足という境遇であるという思いをいたしまして、人々が、仕事がなく、経済的に自立ができないようなことが、特に若い人にそういうことがあってはならないということで、ここは、短期的には、一人の路頭に迷うような青年を出さないように、一致団結して、差し当たってはそのような青年がいるかいないかをしっかり見て、路頭に迷いそうな子がいるならば、自分の部署で臨時雇いするなり、あるいは各会社にもう一人、最後にもう一人お雇い願いたいということをお願いするなり、あるいは気づいていただくなり、協力していただくことを通して、一人の失業者も出ないように、職に就くことができないというような悲惨な境遇に陥ることがないように、われわれはここ1月から努力をしていかねばなりません。
  • 特にこの1月から3月にかけては、先ほど申しました大きな目標としての富国有徳のふじのくにづくりということがございますが、一番の基礎は、青少年が将来に向かって、自らの富士山の理想をつぶされることがないということが大事ですので、ここは、われわれは身を粉にして、そういう青年が出ないように、何としてでも皆を職に就かせたいと思っております。
  • その職の中で最も大切なのは、お金がなければ食べられませんから、文字通り、別の食のほうでございます。ですから、食関係、言い換えますと、農林水産業。一次産業にかかわるところに、私は将来があるというふうに思っております。
  • 今年は、ふじのくにづくりにおいて、差し当たって2月23日、いわゆる19日から23日の食育の週間に合わせて、「富士見の祭典」をいたします。富士見の祭典をする理由は、一つには、富士山を世界文化遺産にするという目標がございますけれども、もう一つは、冒頭で申し上げたごとく、12月23日の天皇陛下のお誕生日から、非常に富士山がくっきりとよく見える。これは、誠に富士見の季節であるということを、多くの人が改めて実感させられているに違いない冬。これは、当時から、しっかりと空気が冷えて、そして空気が澄んで、そして多くの生物が冬ごもりをいたします。その冬ごもりは、われわれは心の中でしながら、春に備えるということでございます。その冬ごもりをするときの大事な目標を気づかせてくれるのが富士山だと。その意味で、これは冬だということでございまして、私は、この富士見の祭典が食育の週間と結び付いているというところに、なかなかのクロスカップリングを感じるわけでございます。
  • この食育の週間を通して、ここに春の食というものが何かということについての思いをいたす。そして、夏も近づく八十八夜で、夏というものが訪れる。秋の中秋の名月をもって、秋の訪れを感じる。このように、春夏秋冬というものを通して、われわれが生きているのだ、あるいは生きてきたのだ。先祖代々、そのようにして子々孫々につないできたのだということに思いをいたしまして、そこに人を介していく限りにおいて、まず間違いないというふうに思っております。
  • それを、ただ単に第一次産業だというようなことではなくて、危機管理の観点から、食料をしっかりと自給していく。そしてまた、最高の旬のものを、最高の腕でもって料理をして、人に喜んでいただければ、自然と人々がここに集まるようになって、訪れてよしの理想郷になるということでもございますので、これは観光にも役に立つということでございます。
  • そのような食の都づくりというものを、われわれがつくっていくということからいたしましても、そこに人々が就職をするということを、一つ大きな新しい職業の、これまで最もそれから遠いバーチャルリアリティの世界の中に入っていくことが、ハイカラというふうに思われておりましたけれども、そうした技術を持ちつつも、クロスカップリングをして、一次産業、二次産業、三次産業、プラスそれを使う人々、すなわち産官学民の人々を入れたクロスカップリングをするということからいたしますと、私は、このふじのくににおける仕事は、むしろ大地の中に眠っているというふうにすら思います。
  • そうしたことから、これは一つの考え方ではございますけれども、大事なことは、青年たちがしっかりと仕事に就けるということで、人間塞翁が馬だから、必ずしも最初の仕事は自分が思っていたことと違っていても、必ずそれは大きな道に開けていると。あたかも富士山を登るのに、いろいろな登り口があるのと一緒であるというふうに言い聞かせて、少なくとも、青年たちが仕事を持たないで春を過ごすということがないように、これはくれぐれもお願いをしたいと思います。
  • 以上、新年にあたりまして、ふじのくにづくりを、この2月を、つまり春の訪れをもって、しっかりと宣言をしていく。それを肉付けするために、われわれは、新総合計画を予算によって実行していくということになりました。皆様方のそれぞれの富士を、しっかりと改めて心にとどめていただき、とどめた富士をしっかりと実現する。そのような年になりますように、バナーは絶対許さない、うさぎとして頂上をしっかり見定める、ゴールを見定め、しかし、仕事は万年生きるかめのごとく、こうしてするのだという模範になるように、富国有徳の国づくりの担い手としての皆様方の御健闘を祈念いたしまして、新年の御挨拶といたします。(終了)

最後に、このスピーチは長いため、文節ごとに切りながら、個人的に気になる点にはメモがわりに下線でマークさせていただきました。