2009年09月19日

アクトプラザ15周年を振り返る:サゴーグループの試金石として信じ続けた出店でした - amuse 2009.09

小野晃司


早いものでサゴー浪漫舘がオープンして15年が経ちました!

浜松駅横にそびえ立つアクトシティが開業したのは1994年です。

オープン以来ずっとアクトプラザで商売を続けてきた企業であるサゴーグループを取り上げたい、という意向で、私がサゴー浪漫舘の代表としてインタビューを受けることになりました。

以下は「ひとめぐり」という1ページの記事で、

アクトプラザ創業からずっと地元で獲れる魚を提供している”サゴー浪漫舘”。グループ初のテナント出店。手探りでスタートした「お店づくり」を小野社長に聞く。

という文章から始まっています。

こうして、15周年を迎えられるのも、アクトのお客様のおかげと感謝しております
それまで、自社物件しか営業をしてこなかったサゴーグループ。初めてのテナント出店が、この”サゴー浪漫舘”。出入りの激しい飲食業界で、この15年間、”赤字の年はない”という。当時、開発担当として、浪漫舘の開店業務に携わったという現社長の小野晃司さんにお話を聞くことができた。「OPEN時のアクトは、浜松以外の地域からの出店・店舗ばかり。”1店でも浜松からの出店を”という思いでした。しかしながら、テナント店は、はじめての挑戦ですから大変でしたよ。」
すべてが手探りのスタート。いつもお店のことを、ずっと考えていました
「当時、バブル崩壊後、割烹料亭以外は、セントラルキッチン・チェーン店が主流。”いつでも、どこで、同じものが食べられる”的な飲食店が勝ち組みでした。そんな中で、『浪漫舘』の立ち位置、お店づくりをどのように置くのか、最大の関門でした。そこで目をつけたのは、旅館業で大変お世話になっていた舞阪港や福田港では毎日美味しいお魚が水揚げされます。その美味しい鮮魚は、ほとんどが割烹料亭、そして東京に行っていたんです。この地元鮮魚の美味しさは武器にならないか!”獲れたての地元鮮魚を居酒屋価格でお客様に提供する”。この浪漫舘の特徴が決まってからは、とんとん拍子で開店までいきました。」
信じてやってきたことが間違ってなかったと確信することもできました
現在、街中では、それこそ”舞阪産鮮魚”をうたう居酒屋が増えている。それについて小野社長がどう考えているか聞いてみた。「信じてやってきたことが間違ってなかったと確信することができました。ただ、もう一つの特徴である”個に対するサービスを同じ品質で団体(最大80名)様に提供する”という旅館で培った技術については、この街中において優位に立っていると自負しております。」
最後に、これからの浪漫舘についてお話をいただく。「当初、浪漫舘は、ひとつのチャレンジショップという位置づけでありましたが、今では、グループにおけるスキル開発の基地であり、サゴーブランド形成の中心的存在といえるレベルまで成長しました。ここから多くの人材が育ち、グループ各店を育ててくれたのは、やはり、アクトのお客様だと思います。これからも、初心を忘れず”おもてなし”いたします。どうぞ、よろしくお願いします。」

1994年といえば、あのイチローがオリックス時代に史上初の1シーズン200本安打を記録を達成した年です(1994年9月20日に達成)。

イチローとは比較にもなりませんが、嬉しく思ったりもします。

新しいのに、どこか懐かしい…

大正ロマン風の内装に囲まれながら、舞阪港直送の魚介類をその日のうちに安く食べていただこうというコンセプトで店舗開発しました。

オープン当時の高木料理長は、舘山寺サゴーロイヤルホテルの総料理長として頑張るなど、人材育成の拠点になっていることは書かれている通りです。

浪漫舘のお客様の特徴のひとつは、アクトに働く全国に支店を持つ企業の方が多くいらっしゃることです。

どこにでもある料理ばかりではなく、もっと料理開発を積極的に行い、お客様には、地元の季節の食材を、新鮮なうちに美味しく、そして廉価で食べていただき、「この店に来て良かった」「浜松は良いところ」と喜んでいただければ幸せです。

こうした現場の頑張りについては、浪漫舘のスタッフブログに書かれていますので、ぜひお読みいただければと思います。

サゴー浪漫舘ブログ

15周年は通過点…これからもっと、もっと頑張りますので、ご贔屓のほど、よろしくお願いします。



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