餃子スタジアム

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ついに「浪花・餃子スタジアム」に行って来ました!

大阪梅田駅を降りて近くにあるナムコシティ(OSビル)に入り、館内のエスカレーターで3階まで上がると、写真のようなネオンが目立ちます。小さめのアーケードをくぐると威勢の良い声が飛び交ってお祭り屋台に人の行列がいくつもできていました。

まずはじめに、餃子の歴史が中国であることは理解できました。日本では江戸時代に徳川光圀が食べた記録が一番古いとのことです。

餃子がいつ日本にもらたされたかは定かではないが、江戸時代、水戸藩の「朱舜水談危綺」(1709)に、初めて餃子が記載されている。日本ではじめて餃子を食べた人は、グルメで知られる黄門様、徳川光圀と言われている。元禄二(1689)年のことである。水戸の「大塚屋」には、嘉永二(1849)年、”福包”の名前で徳川慶喜に、課も肉入りの餃子をふるまっていたという記録が残されている。

餃子スタジアム (2)これが「フードテーマパーク」の楽しさなのかなと思いながら、とりあえず場内を一通り回ってから食べようとデジカメ片手に気になる写真をいくつか撮りました。

また、下の写真ですが全国の餃子を紹介しているボードがあり、「静岡屋台餃子」と書いてあったので、よく見たら資料提供が浜松市「石松」となっています。

やはり浜松の餃子は日本の餃子でも有名なんですね (^^♪

餃子スタジアム (3)

宇都宮と餃子消費量を競い合う静岡。戦後、大陸からの帰国客が浜松駅周辺で始めた屋台餃子が静岡全域からお客さんが集まるほどの大人気店となる。現在、数多くの専門店が味を競う。野菜中心の具と、口直しのもやしが添えられるのが浜松の特徴。

さらには「餃子の開拓者たち」という掲示があったのですが、そこでは浜松餃子を「それは闇市からはじまった」とし、「静岡屋台餃子」の説明よりも物語風に書かれて紹介されています。

中国で点心として生まれた餃子が日本で本格的に普及しはじめたのは昭和20年代以降のこと。終戦後、中国東北地方から引き上げてきた人々が、現地の主食であった餃子を持ち込んだのがそのはじまりだった。日本各地の、闇市で、屋台で、神社の境内で、見よう見まねでつくられ売られた餃子は焼き餃子。初めて見るその姿形におどろく日本の人々。その味覚にあったのは中国でよく食べられる水餃子ではなく、香ばしい焼き餃子だった。日本人に愛される餃子はどんな餃子か…。各地の餃子職人たちは、つくっては捨て、つくっては捨て、ジャパニーズ餃子を追い求めた。(続く)

餃子スタジアム (4)

あまり時間がなかったので、まずは博多名物餃子の「鉄なべ」を、続いて四国丸亀すだち餃子を食べました。

どれも美味しかったのですが、やはりオーソドックスの宇都宮餃子を試したら正解でした (^^ゞ

今度は東京にある「池袋・餃子スタジアム」にチャンスがあったら行ってみたいと思います。