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2005年9月26日の秋爽管長の舘山寺訪問をきっかけに少し鐘のことを調べてみまたところ、中国の雑誌「人民中国」の記事がいままで聞いた内容を最も総括しているように思います。

人民中国(2002年12月号)大雄宝殿の後殿には、朱塗りの鐘掛けに青銅製の乳頭の飾りがついた鐘がつるされている。この鐘こそ、日本国民の友情が凝結したものである。もともと寒山寺は、その鐘の音によって天下にその名を知られていたが、唐代に張継が詩の中で詠ったあの鐘は、度重なる戦火でずっと以前に無くなってしまった。そして明代の嘉靖年間(1522〜1566年)に鋳られた大鐘も、日本に流失したと伝えられる。いまだに見つかっていない。そこで、熱心な日本の友人の山田寒山さんが寄付金を募り、1905年、この青銅製の乳頭鐘を鋳造し、寒山寺に寄贈したのである。


さて伊藤博文が贈った鐘はどのようなものでしょうか…

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今年の4月に私も中国蘇州寒山寺を訪れ、その鐘を拝見させていただくチャンスに巡り合いました。


寒山寺はとても大きく、たくさんの建物がありますが、その中のひとつに小さな鐘が飾られていました。


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特殊なケースに入っていない状態で、しかも触ることができるということで大丈夫かな?と思いましたが、それは観光客用のイミテーションということです(そうですよね) (^^ゞ


この鐘の話は秋爽管長だけでなく、蘇州を訪れる日本の観光客には、もうひとつの鐘は舘山寺にあるということを含めて、必ずといって良いほど伝えていることのようです(ちなみに舘山寺の鐘は現存しません)。
 

その後に本物を見せていただけるということで、日頃は一般の人は入れない建物に案内されました。

先ほどの展示用のサイズと同じで高さ50〜60cm程度のものですが、100年前に日本から運ぶことを考えると大変な贈り物だと改めて感心しました(先日の秋爽管長の話では10年かかって寒山寺に届いたそうです)。

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今年は寒山寺で鐘の展示会をするということで、108の鐘を世界中から集めていて、その中のひとつに含まれているそうです(そういう意味でもとても価値のある鐘として保管されています)。

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写真では字は読みにくいかと思いますが、伊藤博文から贈られた鐘であることを証明することが書かれていましたね p(^^)q


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もしかしたら、この話は日本と中国の友好関係を発展させる、とても夢のある話だと個人的に思いましたし、もっと舘山寺が浜松市の宝となることを願います。