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「舘山寺」は浜松市の浜名湖にあり、「寒山寺」は中国の蘇州市にあります。
 

たまたま同じ読み方と思われますが、実は歴史的な「つながり」があるのをご存知でしょうか?

まず世界遺産に指定されている「寒山寺」は、509〜519年の間に「妙利普明塔院という名で創建されましたが、幾度も焼失し、現存する建物は清代末(1911年)のものです。

唐代貞観年間(627〜649年)に高僧寒山と拾得がここで修行したことから寒山寺と呼ばれるようになったそうです。

日本人には、唐の詩人張継の【楓橋夜泊(月落ち烏啼いて霜天に満つ 江楓漁火愁眠に対す 姑蘇城外の寒山寺 夜半の鐘声客船に到る)】に詠まれた寺であることや、毎年年末には多くの日本人が除夜の鐘ツアーに訪れることで有名です(寒山寺の除夜の鐘の音を聞くと10歳若返るご利益があると言われてます)。

最近では愛知万博・中国館の「蘇州ウィーク」で寒山寺の鐘の複製品が展示されました。

一方「舘山寺」は、810年ごろ、遣唐使の一員だった高僧が、蘇州の寒山寺に似ているとして名付けたと言われています。

1905年(明治37年)に伊藤博文が2つ鐘をつくって、それぞれに贈ったといわれてから今年がちょうど100年目にあたります。しかし、今まで鐘の事実を大きく取り上げることはほとんどありません。
 

蘇州寒山寺


2005年4月12日〜14日にかんざんじ温泉観光協会のメンバーが中国蘇州寒山寺を訪れ、ご挨拶をさせていただいたことや、書家大谷青嵐さん(同市高丘東)の長年の後押しもあって、2005年9月25日に臨済宗方広寺派大本山方広寺、26日には龍潭寺を訪れた後に、秋爽管長さん達の浜名湖かんざんじ温泉への訪問が実現されました。
 

当日の流れは下記の記事を読んでいただければご理解いただけると思いますが、歓迎会では秋爽管長の挨拶を含めて粛々とした雰囲気で始まりました。


秋爽管長は「寒山寺の鐘は山田寒山という人によりつくられ、伊藤博文から贈られたことは資料で記録に残っています。


私たちの関係は100年前から始まり、これからもっと発展して、親密な関係になることを望みます。」というありがたいお言葉をいただきました。


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次第に話が盛り上がってきますと、友好のきっかけを作っていただいた大谷先生と秋爽管長の書による競演です。


私たち地元のメンバー一人ひとりの屋号を書いていただくなど大変なサービスをしていただきました。

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上の写真は秋爽管長が舘山寺の舘住職へ記念の書として贈ったものです(正直言って、歴史的瞬間に立ち会った気がしました)。

 

寒山寺 (地図つき) - 蘇州のスポット情報 - 中国都市総合情報 - ALA!中国

 


■中日新聞(2005年8月27日)
中国・蘇州市の寒山寺の秋爽管長らが26日、有効提携を進めている浜松市舘山寺町の舘山寺を訪問。提携の正式な調印へ向けて、あらためてお互いの意志を確認しあった。
「舘山寺」は810年ごろ、遣唐使の一員だった高僧が、蘇州の寒山寺に似ているとして名付けたと言われている。1905年には、伊藤博文が1対の鐘をつくらせ、一つを寒山寺へ、一つを舘山寺へ贈った。現在舘山寺にその鐘はないが、寒山寺には現存している。
両寺の友好交流は10年ほど前から構想があり、日中友好のために尽力している浜松市の書家大谷青嵐さんの後押しを受けて、浜名湖かんざんじ温泉観光協会が中心に進めてきた。今年4月には同協会の約15人が訪中して寒山寺を訪れ、友好を深めている。
この日、寒山寺の秋爽管長、本覚教務長、蘇州市宗教事務局の梅芳さんの3人が、寒山寺の本堂や弘法大使が修行したとされる洞窟(どうくつ)などを見学。秋爽官長は「大変素晴らしいところですね」と感激し、「私たちの交流は、すでに100年前から始まっている。これからさらにそれを広めていきたい」と力強く語った。舘山寺の舘孝道住職も「両寺の提携から、大きな交流の輪に広げていきたい」と話した。
また、秋爽管長らは夜は同協会の金原貴会長、木本陽三浜松市助役らと懇談した。両寺は、年内の提携調印を目指すという。